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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)4317号 判決

原告 中山孝治

被告 国

訴訟代理人 館忠彦 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金四、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年六月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告は、訴外横井準一郎を介して、昭和三一年二月末頃、訴外力武徳男より、別紙目録記載の宅地(以下『本件宅地』という)を、代金六、〇〇〇、〇〇〇円で買受け、その代金全額を支払うとともに、東京法務局品川出張所、昭和三一年三月三日受付第三七二号を以てその旨所有権移転登記を経由した。

ところで原告の右所有権移転登記は、登記簿登載の順序によれば、訴外大場庄之助より訴外明治興業株式会社次いで同力武徳男の各所有権取得登記を順次経由して、これに至つたものであるが、原告は、前記所有権移転登記経由後間もなく、右訴外大場庄之助より本件宅地は、同訴外人の所有に属し、これを他に譲渡その他一切の処分をしたことがない旨の通知を受けるとともに、東京地方裁判所に他の関係者らとともに提訴され(同庁昭和三一年(ワ)第二、一〇五号事件)原告としては右所有権移転登記の抹消登記手続を訴求されたが、その審理の結果、『訴外力武徳男は、本件宅地につき、何らの権利も有しないのに、訴外大場庄之助の住民票抄本、印鑑証明書、委任状等を偽造して、同訴外人の住所変更登記を経由したうえ、本件宅地は、同訴外人名義となつているが、実質上は自己の所有に属すると称して、訴外明治興業株式会社に売渡し、登記簿上は、訴外大場庄之助から売渡したものとして、その旨の所有権移転登記を経由し、一ヵ月後に、これを訴外明治興業株式会社から買戻して、自ら所有権移転登記を経由するとともに前記のとおり、原告に売渡したものであつて、訴外大場庄之助は本件宅地を他に処分したことはなく、従つて本件宅地の所有権は、依然同訴外人に存する。』ことが判明したため、本件原告らは敗訴のやむなきに至り、かくて右事件の確定判決によつて、原告の前記所有権移転登記は抹消され、原告は、本件宅地につき、結局、所有権を取得しえないこととなり、前記代金額と同額すなわち金六、〇〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つた。

以上の次第であるが、その後判明したところによれば、前記訴外大場庄之助から訴外明治興業株式会社に対する所有権移転登記(東京法務局品川出張所、昭和三一年一月二四日受付第一〇八七号)は、登記義務者の虚偽の住所を表示した保証書を添付した登記申請に基いてなされたものである。ところで、当時としては保証書を添付して登記申請がなされた場合、登記官吏は、その登記完了後、登記義務者に対し、旧不動産登記法(以下『法』という)第六一条の規定に従つた通知をなすべき義務を負うものというべきところ、前記登記については、登記官吏が、不注意にも右義務を怠つたため、登記義務者たる訴外大場庄之助に対する通知がなされていない。仮りに、登記官吏が右通知を発したとしても、右通知は、訴外大場庄之助に到達していないから、法第六一条の通知をしたことにはならない。

而して、登記官吏が、右法条に従つた通知をしておれば、原告が、本件宅地の売買代金を訴外力武徳男に支払う前に、訴外大場庄之助において、本件宅地につき不正な登記がなされたことを知り、訴外明治興業株式会社にその旨を通知して善処を求めるとか或いは本件宅地につき処分禁止の仮処分手続をとる等適宣の処置がとれた筈であり、通常これらの処置がとられるものと考えられるにもかかわらず、右通知がなかつたため、その処置が遅れ、原告が前記のとおり、訴外力武徳男から、本件宅地を買受けて、その代金を支払うまで、何らの処置がとられず、その結果、原告は同訴外人を、本件宅地の真実の所有者と信じて、同訴外人に対し、代金六、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、同額の損害を蒙るに至つたものであるから、右原告の蒙つた損害は、結局、登記官吏が前記通知義務を怠つたことに基因して発生したものというべきである。

右の次第で、原告は、国の公権力の行使に当る公務員たる登記官吏が、その職務を行うについて、当然なすべき注意義務を怠つた過失により、違法に、前記代金額と同額すなわち一金六、〇〇〇、〇〇〇円の損害を蒙るに至つたものというべきであるから、被告国に対し、国家賠償法第一条第一項に基き、損害賠償として、さしあたり右損害の内金四、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三五年六月九日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

立証〈省略〉

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の事実中、本件宅地につき、原告主張のとおり、訴外大場庄之助から、順次訴外明治興業株式会社次いで同力武徳男の各所有権取得登記を経て原告への所有権移転登記が経由されたこと、右原告への所有権移転登記が、原告主張のとおりの確定判決によつて抹消されたこと、及び訴外大場庄之助から、訴外明治興業株式会社への、右所有権移転登記が、保証書を添付した登記申請に基いてなされたものであることはいずれもこれを認めるが、その余の本件宅地の権利の得喪関係に関する原告主張事実は知らない。

右訴外大場庄之助から、訴外明治興業株式会社への所有権移転登記については、その登記完了後、当該登記官吏から、訴外大場庄之助の登記簿上の住所に宛てて、法第六一条所定の通知がなされている。仮りに、訴外大場庄之助の登記簿上の住所が、同訴外人の真実の住所と異つていたため、右通知が、同訴外人に到達しなかつたとしても、法第六一条の通知は、登記簿上の登記義務者の住所に宛てて発すれば足るものであるから、同法条所定の通知がなされたものというに妨げない。

仮りに、同法条所定の通知がなされていないとしても、右通知がなされていないことと原告主張の損害発生との間には相当因果関係がない。なんとなれば、仮りに右通知が、訴外大場庄之助に送達されたとしても、同訴外人が、既になされた、爾後の不正な登記の抹消登記手続を求めない限り、原告は、右不正な登記を信頼して、本件宅地についての売買をする危険があり、従つて、その危険は、同訴外人の行為によつて左右され、登記官吏のなす右通知の有無とは関係がないからである。

以上の次第で、原告の本訴請求は失当である。」

と述べた。

立証〈省略〉

理由

本件宅地につき、原告主張のとおり、訴外大場庄之助から順次訴外明治興業株式会社次いで同力武徳男の各所有権取得登記を経て原告への所有権移転登記が経由されたこと及び右原告への所有権移転登記が、原告主張のとおりの確定判決によつて抹消されたことは当事者間に争なく、各成立に争のない甲第二号証、同第四号証、並びに証人大場庄之助、同横井準一郎の各証言に右争なき事実を総合すれば、「原告は、昭和三一年二月二七日、訴外横井準一郎を介して、訴外力武徳男より本件宅地を代金六〇〇〇、〇〇〇円で買受け、その代金全額を支払うとともに、前記所有権移転登記を経由したところ、その後間もなく、原告主張のとおり、訴外大場庄之助より他の関係者らとともに東京地方裁判所に提訴され、原告は右登記の抹消登記手続を訴求されたが、その審理の結果、原告主張のような事実が判明したため、原告らは、敗訴のやむなきに至り、その確定判決によつて、前記のとおり、原告の右所有権移転登記の抹消登記手続がなされ、原告は、本件宅地の所有権を取得しえないこととなつた。」ことが認められる。

次に、前記訴外大場庄之助から、訴外明治興業株式会社への、原告主張の所有権移転登記が、その主張のとおり、保証書を添付した登記申請に基いてなされたものであることは、当事者間に争なく、右登記を完了したとき、登記官吏が、法第六一条所定の通知をしなければならないことは、同法条に照らして明らかであるが、本件の場合、果して、訴外大場庄之助に対し、右通知がなされたか否かが、最も重要な争点の一つになつているので、先ずこの点について按ずるに、各成立に争のない甲第一号証の一ないし三、同第二号証、同第三号証の一(乙第一号証)、並びに証人大場庄之助、同武井賢作の各証言を総合すれば、「右登記については、これをなした東京法務局品川出張所の係官において、所定の郵便はがきによる通知書に、法第六一条の所要事項を記入したうえ、登記義務者たる訴外大場庄之助の登記簿上の住所に宛てて右通知書を発送したが、右登記に先立ち、訴外力武徳男の作為により東京法務局品川出張所、昭和三一年一月二四旧受付、第一〇八二号を以て、右訴外人の住所につき、真実の住所たる東京都品川区荏原七丁目五三四番地から同都大田区馬込町西一丁目一六四五番地に住所変更の登記がなされた結果、右訴外人の真実の住所と登記簿上の住所が一致しなくなつていたため、結局、右通知書は、右訴外人に送達されなかつた。ことが認められ、他に右認定を動かすに足る証拠は存しない。

右認定の事実によれば、登記義務者の登記簿上の住所が、真実の住所と異つていたため、結局、登記義務者には到達するに至らなかつたとはいえ、登記官吏が、登記義務者の登記簿上の住所に宛てて、法第六一条所定の通知を発したことはこれを認めるに十分である。

ところで、原告は、法第六一条の通知は、登記義務者に到達しない限りこれをなしたことにはならない旨主張するが、当裁判所は、右見解を採らず、登記官吏が、登記義務者の登記簿上の住所に宛てて法第六一条の通知を発すれば、同法条所定の通知をなしたものというに妨げないものと解する。以下にその理由を説明する。

すなわち、法第六一条の目的は、登記権利者でないものが、登記権利者であるといつわり、保証書を用いて登記を申請し、その申請に基いて登記がなされた場合に、登記義務者の蒙むる被害を最少限度に喰止め、かつ続いて行わるべきその後の不正を、できうる限り防止しようとするところにあることはいうまでもないが、同法条所定の通知は、既に登記を完了した後になされるものであつて、その通知自体には、登記法上何らの法律効果も付与されておらず、まして右通知の有無が、既になされた登記の効力に、直接何らかの影響を及ぼすものでないこともこれ又明らかといわねばならない。ところで、登記官吏は、登記の申請が、登記手続上適法であるか否かについてのみ審査する権限を有するのみで、その登記申請が、果して実体法上の権利関係と一致するか否か等の実質的審査権は有しないものであるから、登記名義人の住所の変更等その表示変更登記をする場合にも、登記官吏において、表示変更の有無を確かめる必要から、その申請書に、その表示を証する市区町村長の書面又はこれを証するに足るべき書面の添付が要求されてはいる(法第四三条第一項)が、形式的な証明がある以上、登記官吏としては、更に進んで、その住所が真実の住所であるか否かを審査する権限も義務もないので、かかる理由によつてその申請を却下することは許されず、従つて、結局、その申請どおりの登記がなされることになるが、一旦登記がなされると、仮りに登記された登記名義人の住所が、真実でなかつたとしても、これについて、再び変更登記申請に基く登記がなされない限り、爾後すべての登記関係手続は、その登記に従つてなされることとなるから、真実の住所を記載した申請書による登記申請があつても、登記義務者の表示が登記簿と符合しないものとして、登記官吏は、これを卸下しなければならない反面、登記された登記名義人の住所と申請書に揚げた登記名義人の住所が、形式的に符合している限り、これが真実の住所と符合しないことの理由で、その申請を却下しえない(法第四九条)ものというべきである。而して、登記官吏の権限と義務が以上のとおりである以上、法第六一条の通知も亦当然登記義務者の登記簿上の住所に宛ててなされるべきであり、叉それを以て足るものとしなければならない。しからば、登記義務者の登記簿上の住所が、真実の住所と異つていた場合には、通常、前記通知は、登記義務者に到達しないこととなるのも亦当然である。しかしながら、前記のとおり、法第六一条の通知は、登記完了後における事後通知であつて、それには何らの法律効果も伴わないのであるから、登記官吏の権限に関する前記形式審査主義の原則を無視してまで、あえて、これを到達せしめなければ、右通知をしたものにはならないとしなければならぬいわれはない。すなわち、若し右通知はあくまでも到達させる必要があるということになれば、登記官吏は、職権によつてでも、登記義務者の真実の住所を探知しなければならない、ということにならざるをえないが、これは法の予想しないところであり、更に又このことは、若し右の如き解釈をとらなければならないものであるならば、右通知が、送達されなかつた場合における再発送に関する規定、又は民法第九七条の二、民事訴訟法第一七八条の如き公示送達に関する規定、或いは商法第二四条、会社更生法第一四条の如き到達擬制に関する規定等に類する何らかの規定がなければならない筈であるにもかかわらず、不動産登記法上何らかかる規定が設けられていないことによつてもこれを裏づけうるのである。尤も、かく解すれば、本件の場合のように、結局、右通知が、登記義務者に送達されないため、既に述べた法第六一条の目的を果しえない場合も起りうるが、これはとりもなおさず、立法上の過誤から来る欠陥であつて、まことにやむをえないものというのほかはなく、さればこそ、この欠陥を救うために、不動産登記法の一部を改正する等の法律(昭和三五年法律第一四号)は、法第六一条の事後通知の制度を廃止し、新たに第四四条の二の規定を設けて、事前通知の制度に改め、保証書を提出して登記の申請がなされた場合には、先ず郵便を以て、登記義務者に、その申請に間違いがないかどうかを照会し、間違いない旨の申出をまつて、はじめて、登記することと定めたのである。

右に説明したところから明らかなとおり、法第六一条の通知は、登記義務者の登記簿上の住所に宛てて発せられることを要し、かつそれを以て足るものと解すべきところ、本件の場合登記官吏が、右法条に従つて、通知を発したこと前記認定のとおりであるから、登記官吏は、その義務の遂行につき、何ら欠けるところなきものといわなければならない。

しからば、原告の本訴請求は、その他の点を判断するまでもなく、既にこの点において失当というべきであるからこれを棄却し訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏 黒田節哉 小酒礼)

目録〈省略〉

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